おふろで現実創造するわたし

おととい、散々ブログにかいたよね?

ってじぶんに冷静にツッコミをいれた私。

 

今日もがっつりしっかり、

お風呂でぽやぁ~~~ってしていたんです

 

そしたらなんだかもやもやと違和感が・・・

私は「ハッ!」と気づいた

私・・・相当焦ってる

相当詰め込んでる

相当むりしてる・・・って!!!

なんということでしょう!!!!

昨日のブログで「余白ってちょーだいじ~」

とか言ってたくせに

そのせっかく作った余白を無意識に埋めていた!!

うそでしょ!?なんてことを!!

ちびまるこちゃんでいう、

「私って一体・・・ちーん。」状態

 

ついつい。なんです

無意識。なんです

ほんとに私のなかのせっかち野郎が

あばれくるってしまって

しかも静か~に暴れるというタチの悪いやり方で

気づいたら「なんだこれ?」状態

 

だけどね。

今まではそれすらも気づかなかった

気づきもしなかったのにちゃあんと、

気づくことができた。

小さいけれど大きな一歩。

よしよし、いい子いい子、なでなで。

 

私ね。数年前から飢えてるんです。

ものすごく、飢えてるんです。

頭をなでてほしくて

いっぱい褒めてもらいたくって

ずっとずっと、寂しかった。

 

でも今は違う。

 

しっかり、ぎゅっと、私が私を抱きしめて

ちゃんと、たっぷり、私が私をほめほめして

いっぱい、いっぱい、私が私の頭なでてあげてる

 

前に感じていた寂しさ孤独感とか

心の虚無感みたいなのとか無くなったの。

「私には私っていう大切な強い味方がいる」から

 

ずっと私がいじめて苦しませていた私

我慢しなさい、強くなりなさい、もっと頑張りなさいって

言い聞かせてボロボロになるまで働かせていた私の中の私

 

ちゃんと、仲直りしたんだ。

ごめんね、って

もうツライ思いはさせない

これから一生大切にするよ

愛しているよ、大好きだよ、って伝えたんだ

 

そしたらね、心と体が一致して

苦しさとか寂しさとか消えてきた

全然ないわけじゃないよ?

さっきの出来事のように

私の中のあばれる君がでてきたりするし

いじわるばあさんがでてきたりするけど

その都度ちゃんと対処して、丁重にお断りしてます。笑

 

繰り返して繰り返していくうちに

私との会話ももっと上手にスムーズになって

そしたらもっと私は軽やかにふんわり生きていける

そのためにやはり。

「空白」「余白」は大事だなと。

今日の結論に至る、と。

 

まぁ無理せずゆっくりね

じぶんのペースでいきましょ~

 

 

本日も読んでくださりありがとうございました!

少しでも心に響きますように。

 

いつもありがとうございます。

大好きです。

 

空白のじかん

私はちびまるこちゃん

空をながめてぽやぁ~っとするのがすきなのよねぇ、

 

ってかんじで、ぼ~~~っとしてみませんか?

一日5分でいいから。

少しだけ、仕事の手をとめて。

スマホの画面を閉じて。

空を眺めたり、窓のそとをみたり

ぼ~~~っと、してみてください。

 

その5分、ムダだと思いますか?

意味、とか考えちゃいますか?

生産性、とか気になりますか?

 

その一日5分の積み重ねで

すごい奇跡が起こるかもしれませんよ?

と言われたら・・・?

 

ぜひ、ぜひ、やってみてほしいのです。

奇跡って起こせるんです。

「私」って変われるんです。

これは実験です。

今日から一日5分

ぽやぁ~~~っとする時間を作ってみてください。

 

 

私がここまでこれたのも

このブログをかいているのも

その、ぽやぁ~~~があったからなんです。

 

私ってほんとにせっかちなもんで

何かしら詰め込まないと気が済まない。

さらに”主婦”という肩書が追い打ちをかけて

つねに「生産性」「効率よく」「損得勘定」

とにかく情報を頭に詰め込み、すべてにおいて最善策を。

つねに脳みそフル回転でした。

 

そんなんじゃ爆発するのは当たり前ですよね。

脳みそ休む暇がないからね

睡眠も浅くてね、寝れなかったり

だけど昼間は目が冴えて眠くならないし

そりゃもう気づいたら大爆発ですよ

いつの間にか「いつでも泣ける準備万端です」状態

だけど人前で泣くのは苦手だし

謎のプライドがあって悩み相談もできない

いつも平気な顔をしていた

 

そんな自分に、疲れちゃってね

なんかかわいそうだなぁって

自分に対して泣けてきて

たまっていたぶん、ぜんぶ涙流して

「もうぜんぶやめよう。考えるのやめよう」って

そのときからもう考えるのやめた

 

楽しいことしか考えないようにしたんですね

でね

スピリチュアルの発信されてる方の本とかたくさん読んで勉強したの

「空白」「余白」が大事だって

それの意味がやっとわかったし、

しっかり結果もでてきた!

つねにつめこんでいた情報をシャットダウン

音楽もとめて

空をながめてぽやぁ~~~ってする時間を積極的に作った

そしたらね、

降ってきた!!!

そうか、私この感覚知ってた!降ってくるの知ってた!ってなったんです

息子がお腹に宿ったとき。お医者さんに、男の子だねって言われたとき。

病院の帰り道、男の子かぁってぽやぁ~~~ってしていたら

ふと、名前がふってきたんです。

あのときの感覚と同じ。

そうか、私降ってくる系のひとだった!ってなぞの解釈しましたよ、笑

 

私、お風呂が大好きでね。(突然)

ダイエット目的で長風呂したくて

お風呂にまでスマホもってきて情報探ししてました

 

もちろんそれもやめたんです。

湯舟で「さいこぉ~~~」ってしっかり気持ちよさを味わうようにして

湯舟でぽやぁ~~~タイムしてました

なんて贅沢!きらきらきらっ

 

そしたらお風呂で仕事のアイディア浮かんできたり

やりたいことわくわくすること浮かんできたり

必死だったダイエットも相当執着心があったんですけど

それもなくなりストレスがかなり減りました

 

いいこと尽くめやん!

 

でねでね

今まさにこのブログのネタも降ってきたんです。

「伝えなきゃ!」「今すぐ伝えたい!」って

すぐにパソコン開きました。

伝わるかな?

ひとりでいいからこの記事よんでくれないかな

そして実行してみてくれないかな?

私が知ってる世界ってほんとうに狭くて

この小さなパソコンの小さな画面の向こう側のほうが

すっごくすっご~~~く!広くて知らない世界がたくさん広がっていて

少しでもその世界に飛び込めたらなんて素敵なんだろって

今改めてどきどきしてます。

 

私の名前は誰がみてもそのまんまの意味があります。

もちろんそれは私の使命そのものだって

やっと気づいた。

 

私は、日本中、いや世界中の夢を叶える子です。

それが私の使命です。

広い世界のどこかでだれかが

きっと私を待っているに違いない。

 

読んでくれてありがとうございました。

いつもありがとうございます。

だいすきです。

 

 

 

はぁ、私は一生でぶ。

はぁ、まただ。

食べては落ち込み食べては落ち込み

いつまで続くのこのループ

でもわかってるんだ

私のでぶの原因はストレスってこと

わかってるんだ、

今の環境を変えれば

でぶな自分とも不幸な自分ともおさらばできるって

だけど

そんなバンジージャンプ飛べないよ

飛べない豚はただの豚

そう、私はただの豚

ほんの小さな一歩も踏み出すのに勇気がいる

だけどそれを乗り越えたら幸せな未来への

大きな大きな一歩になるってわかってるよ

今の問題点はむしろ

環境を変えるのが先か?

それともでぶな自分とおさらばするのが先か?

どっちもできない、はだめ。

ってなったらさ、痩せるほうが早くない?

誰にも迷惑かけないし

痩せて人生180度変わるってわかってるし

早く痩せるのはムリだが

痩せて未来を変えるほうが早いし

しかも痩せるための一歩はわりと簡単?

簡単、、、ではないか。

だけど痩せる方法なんて探せばでるし

というか自分に合う痩せ方もわかってるんだよ?

じゃあなんでいつまでたっても痩せないの?って

またループ、、、、、、、

あ〜今日も痩せれなかった、って落ち込んで

ほんとくだらないよね。そんな毎日。

ほら、自分の気持ちを書けばすっきりしてくるよ

ブログってだから好き。

さ、お風呂はいろっ

「推し」がたくさんいる幸せ

「推し」いますか?

ジャニーズでいう、担当

KPOPでいう、ペン

娘の推しはすとぷりだし、

息子の推しはしんちゃん。

私の最近の推しは・・・

 

私は中2からずっとジャニヲタ。

それまでアイドルとか芸能人とか全然興味なかったのに、

小5あたりから突然SPEEDにはまりだし、

PUFFYだったりモー娘。だったりもろもろを経て、

今に至る・・・とんでもないヲタク気質。

 

もともと母がミーハーな性格だったのもあり

私も「ヲタク」というよりは「ミーハー」に近いかもしれない。

どう違うかは知らんけど。

 

でね。でね。

ジャニーズやらKPOPやらバンドマンやら

踊るイケメン、歌うイケメンが大好物なのだけれど

最近の「私の推し」に大革命がきた。

 

私の最近の「推しごと」は人生の勉強。

目に見えないもの、スピなどもともと好きで

youtubeを見あさる時期もあったのだが、まぁ腑に落ちなかった。

「願えば叶う」「瞑想しましょう」「聞くだけで!」などなど

試しに試したはずが、なぜかもやもやが募るばかりだった。

それが今の推しに出会ってから変わった。

未来に希望が持てたし、未来を信じれるようになった。

とても現実的だし、結局は自分次第、

それが一番私にはすっと腑に落ちる感覚だった。

今の推しは女性。いつもにこにこしていたし、

声のトーンもかわいくて、それでいて

とにかく考えるすきを与えないほどよくしゃべる!

そもそも私はべらべらしゃべるひとが好き。

私の一番の悩みの子育てについて鮮明に教えてくれるのも

私にとって今の推ししかいない。

てか「推し」なんて言っていいのか?

いやでも今までの推しに対する推しごと時間すべて

今の推しに費やしている、それほど推している!

こんなにつらつらとなっげぇ文章になるのも

推しに対する熱い想いがありまくるからだ。

本当に出会えたことに感謝。

推し様に感謝。ありがとうございます。

これからも推していきます。

そして幸せな未来を目指します。

大好きです、吉良久美子さま!

何度も何度も同じことを描くよ

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

10年。

ちょうど娘が生まれて一歳になり幸せ真っただ中だったころ。

そして、そのころから少しづつ

私の人生の軸、私自身の軸がガタガタと崩れ落ちていった。

 

2021年、10月。

私は本当は何がしたいんだ?

何になりたいんだ?

夢はたくさんあったはずだけど

「いま」なにがしたいの?

自分の本当のこころ・気持ち・感情が

まったくもって停止した状態になってしまっていた。

 

わからない。じぶんが何者なのかも。

私は母であり、妻であり、嫁であり、

娘であり、同じクラスの子のお母さんであり、

顔見知りのひとであり、お客さんであり、、、、

じゃあ私は誰?

一個人としての「私」はどこに行ったの?

 

たくさんの私としての「設定」「役割」が

自分でわけのわからん人物を作ってしまっていた。

もはや怪物。どろどろした、中身のない怪物。

 

そんなことに気づいた2021年10月。

そんなことに気づけた今。

少しづつ「どろ」を洗い流しているところ。

 

思えば、その「どろ」や「ゴミ」は10年前からのものなんかじゃない。

子供のころの「がまん」や「恐怖」「不安」

たくさんの出来事からの積み重ねだ。

 

そうか、それに気づけたんだ。

気づけたことはすべて

叶えたい未来につながるんだ。

 

ずっと絵を描きたかった。

 

大人になって、結婚して子供を産んで

絵を描いて何になる?得するの?

お金になるの?時間あるの?無駄じゃないの?何のために誰のためにするの?

耳元でずっと言い聞かされてたその声は

ほんとは誰もそんなこと言ってないよ。

その声は自分の声だよ。

そう、ずっと自分で自分をいじめつづけていただけ。

自分で自分を、

抑えて殴って殺していた。

 

やっと見つけた小さな私。

おなかの中に生命が宿った時のように

小さな小さな眠った私。

その私は小さいけれど

ほのちょぴっとだけ残された

夢や希望でできている私。

 

てのひらに包んで守ってあげよう。

優しく頭をなでて、ぎゅーっと抱きしめてあげよう。

だって私はずっと誰かにそう優しくしてもらいたかった。

めいっぱい愛されたかった。

これからは絶対に

私は私を傷つけたりしない。

私は私を全力で守るし、幸せにしてあげれるのは私しかいない。

 

ごめんね。大好きだよ。

 

 

「私という存在についてどう思いますか?」

初めて受けたオンライン講座の課題。

まだ自分が何者かもわかっていない現段階で

書けることはすぐにはもちろん思いつかない

 

だけど

私はただただタイピングが好きなのと

今のこの「わからない」という気持ちを書きたくて

久しぶりにブログを開いた。

 

私は小さいころから絵を描くのが好き

小学校を転校したときに

友達が一人もできなくて

男子にいじめられて

ひとりぼっちだったときも

自由帳があれば

絵が描ければ

ひとりじゃなかった

なにも悲しくなかった

絵を描いてるときだけは

楽しくて夢中だった

 

短大で絵を学んだ

絵を描くのが子供の時と変わらず楽しかった

絵の表現方法が増え、ますます夢中になった

 

そして大人になった

結婚して、子供を産んで

いつしか

絵を描かなくなってしまった。

 

描きたい!と衝動にかられることは何度もあった

素敵な絵、素敵な景色、カラフルで心惹かれるものに出会うたびに

絵を描きたい!頭のなかを表現したい!

たびたび思っていたのに

 

絵を描いて何になるの?

得するの?意味あるの?

そんな時間あるの?無駄じゃないの?

いつしか

損か得か、意味はあるかないか、

そう無意識でものごとを考えるようになってしまった。

 

それが当たり前になってしまった。

 

そして今、

何もわからなくなってしまった私。

感情、自分の意志、すべてを押し殺してきた私。

もうだめだ、って。何回目かな。

 

それが先月のこと。

 

目に見えないエネルギーの世界があるって知って

今、たくさんの方の発信をみて学んでいます。

本当の自分を探しに行こう

見失ってしまった自分を

自分で自分をいじめて苦しめて閉じ込めて

「みじめでかわいそうな自分」を

ぎゅっと強く抱きしめていっぱい頭なでなでしてあげよう

ホントはずっとそうして欲しかったんだよね?

愛されたかったんだよね?

気づいてほしかったんだよね?

 

やっと、がちがちの鎖に縛られた心がほどけてきて

少しづつ希望の光がみえてきていて

少しづつ、本当にちょぴっとだけど前にすすもうとしている。

 

まだまだ、わからないことばかりだけど

そんな自分も抱きしめて寄り添って

わが子のように無償の愛で愛してあげて

ゆっくりゆっくり確実に歩いて行こう。

 

と、そんな結論に至った今日のブログ。

スッキリ!自分の気持ちを表現できるって気持ちがいい。

本当の自分と出会うまで、

そして本当の自分の望みを知り、それを叶えるまで

いやひとつづつ叶えながら

こうやってブログで発信していこうと思います。

 

いつもありがとう。だいすき。

 

 

兄と弟と、私

4年前の夏の終わり頃だった。

初めて、兄と弟と私のきょうだい3人で深夜のドライブをした。

兄の運転する車で、子供の頃の話をした。

初めて感じた、とてもあたたかくてふわっとした、

ものすごく穏やかな空気だった。

 

うちは父が転勤族だったので、子供の頃4回引っ越しをした。

落ち着いたのは私が小学5年生のとき。

母方のおばあちゃんちの隣に家を建て、初めて田舎に引っ越した。

それが最後の引っ越し。最後の転校。

だけど、私と弟は田舎の学校が合わなかった。

田舎では転校生は珍しい。

しかも生徒間の謎のルールみたいなものがあった。

知るわけもないそのルールを破ったからといって、

転校して二日目、いじめが始まった。

誰からも相手にされず、友達もできないまま終わった。

弟は友達はできたけど波長が合わないようで、少しづつ心を閉ざしていった。

さらに、些細な喧嘩がきっかけで

兄とまったく口をきかなくなってしまった。

 

私からすると、この田舎は独特の雰囲気や暗黙の了解など

よそ者には理解できないルールがありめんどくさかった。

今でもそう。だから地元民の絆は固いのだ。

 私も弟も、早くこんなところから出ていきたいねっていつも話していた。

弟は高校1年生からずっとうつ病を繰り返している。

父も母も自分たちの育て方が悪かった、と四六時中言って

頭を抱えていた。

弟は今でも時期が来ると部屋にこもりっきりになることがある。

 

兄と私は、弟を助けたかった。

元気になっては病む、の繰り返しだった。

 

今では割と普通の3人きょうだいだが、

4年前まで兄と弟は十数年まったく口をきかなかった。

というより、弟が兄を完全に拒絶していた。

もしかしたら、兄への長い長い反抗期だったのかもしれない。

兄は弟とは正反対の性格で、とても穏やかな性格でマイペースだった。

田舎の学校に転校してもみんなと普通に仲良くしていたし、

何かあっても気にしない性格だからいつも穏やかだった。

それをずっとそばで見ていた弟。

いつものほほんと過ごしている兄と、

いつも何かにもがき苦しんでいる弟。

 

十数年後。

反抗期の終わりは突然来た。

上京した弟が体調を崩し、住む家もなく借金だらけの状況で帰ってきた。

そして更に体調が悪化。

もう死にたいと言い、リストカットの傷がふえていった。

ヨレヨレのTシャツにはいつも血が滲んでいた。

母も弟と同じく繊細で超がつくほどネガティブだ。

母は毎日泣いていた。

約半年間、家はどんより真っ暗闇に包まれ不幸のどんぞこだった。

 

ある日、事件が起きた。

弟は「もうだめだ」と言って大泣きした。

大人になってからこんなに感情をあらわにすることなんてなかったし、

昔から泣く姿を見せない弟が家族の前で大泣きするなんて初めてだった。

急いで母が病院に連れて行った。

やせ細った体とヨレヨレのTシャツ

袖にはいつもより多く血が滲んでいた。

相当思い詰めたんだろう。

 

帰りの車の中で、弟はずっと空を眺めていた。

世界が止まってしまったように本当に静かな帰り道だった。

弟はボソッと「家に帰りたくない」と言った。

母はこのままどこか遠くへ行ってしまおうと思っていた。

「どこか行きたいところある?」と母は聞いた。

弟は、「お兄ちゃんってどこに住んでるの?」と言った。

驚きすぎて時が止まった。

弟の口から「お兄ちゃん」なんて言葉が出るなんて。

十数年間も口をきかなかった兄弟。

弟は兄を毛嫌いし、家の中で避け、すれ違いざまに舌打ちしていた。

だけど、今、弟は兄に会いたがっているのだ。

そんな弟を、兄は今更受け入れてくれるだろうか、、、

兄は弟を許せるのだろうか、、、

母は慌てて兄に連絡し、兄のアパートへ向かった。

母はもちろん不安だし心配だった。

本当にこれでいいのか、と。

だけど毎日神頼みするほど、弟が少しでも体調がよくなることを願っていた。

母はずっと苦しんできた。弟のことを、女の子だったらよかった、と何度も言っていた。育て方が悪かった、私の性格に似たからだめだ、と毎日言っていた。

 

そして、奇跡が起こった。

 

兄はすべてを受け入れたのだ。

もちろん兄は重く受け止めてはいない。

私と母からしたらこの「大事件」の展開は「奇跡」であるが

兄はその温厚な性格で「おいで!入ってって!」と軽やかに受け入れてくれたのだ。

「来るもの拒まず去る者追わず」とはまさしく兄のこと。

兄と弟はほんとうにすんなり、すぐに打ち解けた。

十数年の空白なんてなかったかのように、スッと張りつめた空気が緩んだ。

「お兄ちゃん為替とかやってるんだね」と弟からほんの少し笑顔が見えた。

半年にわたる長い暗黒だった日々が終わった。

いや、弟と兄にとっては数十年という長い年月だった。

数十年という長い長い空白があったとしても、やっぱり

兄と弟はちゃんと「きょうだい」だったのだ。

そこから「本当の兄弟」の共同生活が始まった。

 

そして、4年後の今。

今度は私が兄のやさしさに助けられた。

兄は、私のぶっとんだ人格、考えていること、なにも否定せず受け入れてくれる。

今まで笑わればかにされてきた私の本気の夢や希望も、

ふざけ半分でぽろっと話したら、「いいじゃん!やろう!」と言ってくれた。

おまえが幸せになれるように応援するよ、とまで言ってくれた。

 

私は初めてひとに認められた。

それは、なにげない会話だったけど

涙がでそうにだった。

私はずっと、兄とは別々の人生を歩むと思っていた。

兄のだらしないところが嫌だし、一緒に歩くのが恥ずかしいとまで思っていたから。

「ただの家族」くらいにしか思っていなかった。

だけど今は兄と仕事をしている。

兄を尊敬している。

 

今の私があるのは兄のおかげ。
性格も全然違うし、顔も似てない。もちろん趣味も全然違う。

片付けも掃除もできない兄と、潔癖症な私。

だけど、大雑把で金遣いが荒くて人付き合いが少し苦手なのは同じ。

パズルゲームと音ゲーが得意なのは兄の隣でずっとゲームを見てきたから。

 

そっか。

私たちはお母さんのお腹の中で生命を宿ったきょうだいだったね。

年子で、ずっと一緒に育ってきた兄と私。そしてふたつ離れた弟。

きっと前世で成し遂げられなかった何かを一緒に達成するために

きょうだいになったんだ。

兄と私と弟が魂のときに、同じお母さんのところにいって

三人きょうだいとして生まれてこよう、そしてお互いに成長してこよう

って約束してこの世に生まれてきたんだ。

 

今でも4年前のあの日を思い出す。

初めて3人でドライブ。

深夜のスーパーに3人で行って、

思わず駐車場で2人の後ろ姿を写真に残した。

その日は兄のアパートで3人、朝までぷよぷよをした。

やっぱり兄が一番強かった。

 

今でも涙がでそうになる。

きっと一生、思い出すたびに心がふわっと温かくなるだろう。

私にとってあの日はかけがえのない大切な日だった。